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HOME > コラム一覧 > ひな祭りの由来とは?ひな祭りで食べられる縁起の良い食べ物や、ひな人形の並べ方にも意味がある!? / 更新日:2020年2月10日
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ひな祭りの由来とは?ひな祭りで食べられる縁起の良い食べ物や、ひな人形の並べ方にも意味がある!?

ひな祭りの由来とは?ひな祭りで食べられる縁起の良い食べ物や、ひな人形の並べ方にも意味がある!?

3月3日はひな祭り。ひな人形にはどんな意味が込められているのかご存じでしたか?ここでは、ひな祭りの由来やひな祭りで食べられる縁起の良い食べ物の意味やひな人形の並べ方などについて解説します。

ひな祭りの由来とは?

昔から、季節の変わり目でもある節句には、邪気が入りやすいと言われており、無病息災や豊作、子孫繁栄などを願い邪気を払う行事が行われてきました。古代中国では、3月の初めの巳の日(十二支の巳が降られた12日ごとに巡ってくる日のこと)は「上巳の節句」であり、水辺で手を洗い、身を清める風習がありました。この風習が平安時代中期頃に日本へと伝わり、後に紙で作った形代(かたしろ)と呼ばれる人形で自分の身体を撫でて穢れを移し、海や川に流して邪気払いをするようになりました。今でも「流し雛」というこの風習を行う地域は残っています。ひな祭りの原型は、邪気を払う「流し雛」と、上流階級の子女たちの間で行われていた「ひいな遊び」という人形遊びが一体となって誕生したと考えられています。

上巳の節句が3月3日と定まったのは室町時代になってからのことです。穢れを移した人形がお寺や神社でお祓いされた後、持ち帰って飾られるようになったと言われています。旧暦の3月3日は桃の花が咲く頃でもあったため、「桃の節句」とも呼ばれるようになったそうです。ひな祭りで桃の花が飾られるようになった所以はそれだけでなく、桃は古代中国でも上巳の節句で邪気を払う効果があると信じられており、桃のお酒を飲んだり桃の葉のお風呂に入るなどして使われていたからだと言われています。

江戸時代になると、ひな祭りは宮中行事としても取り入れられ、庶民の間にも広がっていきました。ひな人形は子供の災厄を引き受ける身代わりとなるものであり、人形を飾って女の子の初節句をお祝いするようになりました。江戸時代初期では男雛と女雛の一対が主流でしたが、中期頃には段飾りが登場し、人形や道具が増え豪華になっていきました。

ひな祭りで食べる縁起の良い食べ物の意味とは?

菱餅

菱餅は古代中国から伝わった母子草(ははこぐさ)を使って作られた草餅でしたが、日本では「母子をついて餅を作る」のは縁起が悪いとヨモギ餅が使われるようになりました。現在のように3色となったのは明治時代からと言われており、それぞれ緑=大地、白=雪、ピンク=桃の花を表し、「雪の下には新芽が芽吹き、桃の花が咲く」という意味があります。

ひなあられ

江戸時代、「ひなの国見せ」といって天気の良い日にひな人形を屋外へ持ち出し、海や山などの外の景色を見せてあげる、という風習がありました。女の子たちがひな人形と一緒にピクニックをしながら食べたおやつが、ひなあられだったと言われています。当初ひなあられは菱餅を砕いて作られていた、という説があります。ピンク、緑、黄色、白の4色は四季を表しており、「1年中健やかで幸せに過ごせるように」という願いが込められています。

はまぐりのお吸い物

はまぐりの貝殻は対になっている貝殻としか絶対に合わないと言われていることから、理想の夫婦像を表しており、「末永い良縁があるように」という願いが込められています。

白酒

白酒は桃花酒という桃の花をつけたお酒が起源となっており、中国では邪気を払ったり、桃が百歳(ももとせ)に通じることから長寿を願って飲まれていました。白酒は江戸時代にある酒屋によって桃花酒に代わって売り出されました。白酒は飲みやすいお酒であったのと、桃の花と対比する色であったため紅白で縁起が良く、ひな祭りの時に飲むお酒として定着した、と言われています。白酒に似た飲み物には甘酒があります。白酒はアルコール度数が10%前後であり、子供はもちろん飲むことはできませんが、甘酒はノンアルコール、もしくはアルコール度数1%未満で酒類には該当しないため子供でも安心して飲むことができます。

ひな飾りの並べ方とは?

ひな人形の飾り方は地域によって異なります。ここでは、基本形である新式の七段飾りの並び方を解説します。

【一段目】男雛、女

男雛が向かって左、女雛が右となるように飾ります。この並び方は昭和天皇の即位礼に倣ったことが発祥と言われています。
男雛と女雛の後ろには金屏風を立て、両脇に雪洞を飾ります。男雛と女雛の間にはお神酒や桃の花などが飾られた三方を置きます。

【二段目】三人官女

三人官女はお姫様お付きの女官です。一人だけ眉の無い女官がいますが、これは江戸時代の既婚女性は眉を剃りお歯黒をつける習慣があったためです。座姿の人形が1体、立ち姿の人形が2体の場合には座姿の女官を中央に据えます(座姿2体の場合は立ち姿が中央です)。左右の女官の見分け方は人形によって異なりますが、外側の足が前に出ていたり、左手の指の形が違っていたりすることがあります。足の位置が異なる人形では右足を出している人形が右側(向かって左側)というように外側の足が前に出るよう左右の女官を立たせます。左手の指が異なる人形では、指が物を掴むように曲がっている方が向かって右側、伸びている方が向かって左側となります。中央の官女が三方を持ち、向かって右側の長柄銚子、左側が加銚子を持ちます。三人官女の間には高坏を飾ります。

【三段目】五人囃子

五人囃子は元服(昔の成人式)を迎える前の貴族の子弟であると言われています。並び順は向かって左から太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡と、音が大きく鳴る順となっています。

【四段目】右大臣、左大臣

この2人はお殿様のお付きで、随臣と呼ばれるボディガードの役目を務めており、弓矢や刀を持って武装しています。朝廷では左側が上座、右側が下座となるため、向かって右が年老いた左大臣、左が若い右大臣となるように飾ります。中央には菱台と懸盤膳を置きます

【五段目】仕丁

一番下の3人は宮中の雑用係です。仕丁とは、平安時代以降に君主のもとで雑務に従事した人のことであり、ひな人形の中では唯一の庶民です。怒ったり、泣いたり、笑ったりと喜怒哀楽の感情が表現されています。どの人形が何を持つかは決まっていませんが、物を持つために外側の手が上がっている人形もあります。向かって左から、台笠、沓台、立笠となるように飾ります。仕丁の左右には左近の桜、右近の橘を飾ります。内裏雛から見ての左右であるため、飾る位置は名称とは逆です。向かって左に橘、右に桜となるようにしましょう。

【六段目】

六段目と七段目の飾りの並べ方にははっきりとした決まりはありません。六段目には嫁入り道具である箪笥、長持、挟箱、鏡台、針箱、火鉢、衣装袋、茶の湯道具などを並べます。

【七段目】

中央に重箱、通常は向かって左に御駕籠、右に牛車が飾られます。

関東と関西の違いは?

日本には古くから左側が上座という考えがあり、今でも京都や関西の一部ではそのしきたりに従って向かって右側が男雛となっています。向かって左側に男雛が飾られるようになったのは明治時代の終わり頃に西洋の流れを受けて「右側が上位」であるという考え方が取り入れられるようになったためです。皇室のしきたりも変化し、大正天皇の代より現在に至るまで皇后の右に天皇が立つしきたりとなっています。昭和天皇の即位礼のお写真が全国的に広まった頃より、東京を中心に向かって左側に男雛を飾るようになりました。しかし、二段目以降の並び順は変わらなかったため、随身は今でも左上位のままとなっています。

また、官女と仕丁の持ち物にも関東と関西で違いがあります。官女の中央は関東では盃を持っていますが、関西では島台を持ちます。仕丁は関東では台笠、沓台、立傘を持ちますが、関西では箒、塵取、熊手を持ちます。

まとめ

ひな祭りはひな人形を飾ることで女の子の災厄を除け、成長や良縁、幸福を願う年中行事として昔から大切にされてきました。日本独自の季節折々の行事は、子供のうちは意味が分からなくとも、成長するにつれ伝統や文化の重みを理解し後の世代へと受け継がれていきます。年中行事の際は家族みんなで食卓を囲み、日本の伝統を楽しみましょう。

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